五臓には、なぜ感情があるのか

フーフーです。中国医学では、心は喜、肺は憂や悲、脾は思、肝は怒、腎は驚や恐と関係するといわれています。

でも、本当に心臓の中に喜びがあり、肺の中に悲しみが入っているのでしょうか。
五臓に感情が宿っていると考えると、少し不思議に感じますよね。
私の伝える中国医学では、五臓と感情の関係を、臓の中に感情が入っているという意味では考えません。五臓の働きに起きた変化が、人の心から見ると感情に似た現象として表れると考えます。
例えば、肺には宣発と粛降という働きがあります。
宣発とは、気を身体の外や体表へ広げる働きです。粛降とは、気を下へ降ろし、身体の内側へ収める働きです。
肺が元気な時は、必要なものを外へ出し、必要なものを内へ取り込むことができます。呼吸も言葉も涙も、出るべき時に出て、収まるべき時に収まります。
ところが肺の働きが停滞すると、外へ出したいものを出せなくなります。
胸につかえた思いを言葉にできない。泣きたいのに泣けない。反対に、出し切ったあとに胸の中が空っぽになる。
この「出せない」「失った」「空っぽになった」という現象を感情の言葉で表すと、憂いや悲しみになります。
肺の中に悲しみが入っているのではありません。肺の宣発と粛降がうまく働かない状態が、悲しみに似た心の動きとして感じられるのです。
脾は思と関係します。
脾胃は、食べたものを消化し、水穀の精微から気血を作り、それを全身へ運ぶ働きを持っています。
つまり脾は、受け取ったものを整理し、必要な形へ変え、行き先を決める臓です。
ところが脾の運化が弱ると、食べ物も情報も、うまく整理できなくなります。
これはどこへ運べばよいのだろう。まだ処理が終わっていない。もう少し考えなければならない。
身体の中でこのような停滞が起きている状態を、心の動きとして表現すると、思い悩む、考え続けるという姿になります。
考えすぎたから脾が弱る場合もありますが、脾が処理できないために、考え続けているように見える場合もあるのです。
肝は怒と関係します。
肝は血を蓄える蔵血と、気を必要な方向へ流す疏泄を司ります。
本来の肝は、必要な力を蓄えてから、必要な時に流します。
ところが気の流れが塞がれると、肝はその詰まりを突破しようとします。停滞した気を一気に押し上げ、外へ出そうとするのです。
声が大きくなる。顔が赤くなる。身体に力が入る。上半身に気血が集まる。
この急激に上へ押し出す現象が、ネガティブな表現の時に人の心から見ると怒りとして感じられます。ポジティブな時は発想が豊かとか,行動早いねと言われます。
肝の中に怒りが宿っているのではありません。流れを回復させようとする肝の強い疏泄が、怒りに似た現象として表れているのです。
腎は驚や恐と関係します。
腎は生命の基礎となるものを蔵し、身体を下から支えています。腎が安定している時は、身体の軸が保たれ、気を下へ収めることができます。
ところが突然大きな刺激を受けると、気の支えが一瞬失われます。腎陰虚になる状態。
身体がすくむ。腰が抜ける。足に力が入らない。気が上へ飛び上がる。
これが驚の現象です。
また、支えが弱くなり、これ以上力を失いたくないと感じると、身体は縮こまり、内側へ閉じようとします。腎陽虚の状態。
この「失いたくない」「守らなければならない」という現象が、恐れとして表れます。
心は喜と関係します。
心は血脈と神志を司り、全身の状態を見ながら、気血の配分を決める身体のリーダーです。
心の働きが伸びやかで、全身へ気血が行き渡ると、人は胸が開き、顔が明るくなり、言葉や表情が外へ広がります。
この全身が調和し、気がのびのびと広がる現象を、感情では喜びと表現します。
ただし喜びも強すぎると、気が外へ散りすぎます。
喜びは良い感情、怒りや悲しみは悪い感情ということではありません。どの感情も、五臓の気がどのように動いているかを示す現象なのです。
- まとめは、五臓の中に感情が入っているのではありません。心、肺、脾、肝、腎の働きに起きた昇降出入や蓄える、流す、運ぶ、支えるという変化が、人の心から見ると喜、悲、思、怒、恐に見えるのです。感情を無理に抑えるのではなく、その時、身体のどの働きが滞り、どの気が動こうとしているのかを見る。それが中医心理学で心を読み解く大切な視点なのですよ。



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